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Selfishly

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忘却の糧 2


「忘却の糧 2」

朝も早いと言うのに、練兵場では訓練が白熱を見せている。
「次! さっさとかかって来い!」
張りのある声が飛ぶと、一瞬躊躇いが広がるが、よしっとばかりに気合を入れて
一人の兵士が挑んでいく。
体格から見ても、周囲のものより一回り大きく、それなりに自信もあるのだろう。
対して相手はと言うと、一回り以上も小柄な相手だ、本来なら勝負の結果は判りきっているようだが、
これがなかなかそう行かない・・・。

暫く間合いを計っていた兵士が、意を決したように距離を近づける。
「うぉー!」
威勢の良い声を上げて突進した先には、にやりと笑いを浮かべた悪魔が・・、いや
エドワードが立っている。
「そりゃー!」と肩を掴んで、相手を放り投げようとした兵士の手は、
掴むはずの目標物を失って、身体のバランスを崩す。
そして、しゃがんで避けたエドワードに足を取られて、よいさとばかりに転ばされてしまう。
元々勢い良く突進していたのだから、更に弾みをつけられてしまえば、
止まれるはずも無い。
ドサーンと地響きを立てて、転がっていく相手に一瞥を流して、
エドワードが次を促していく。
「ほい、次来い!」
笑みを浮かべた誘いにも、段々と尻込みするものが多くなって、なかなか志願する者が
出てこない。

それもそうだろう、エドワードが転がし、投げ飛ばした相手は、そろそろ両手では足りなくなっている。
最初こそは、小柄なエドワードなら組み伏せやすしと、嬉々として名乗りを上げていたが、
負けが片手を越す頃になると、我こそはと思うものだけになり、
そして今や、押し付け合うように、隣の相手を肘で突いている始末だ。

ロイは用意された天幕の中で、笑いを噛み殺して、その成り行きを眺めている。

ーーー さして大柄な体型でもない相手に、赤子のように扱われたとなると、
ショックは大きいだろう ーーー

エドワードは最初から佐官で入隊しているから、普段は兵士と混じっての訓練する機会が無い。
おかげで、錬金術や戦闘の指揮官の能力を知っていても、彼個人の能力を知らずにきていたのだろう。
それに見かけも見かけだ。 軍の中では、華奢と言われても仕方が無い体型で、
容姿もあれでは、武道家ですと言っても信じては貰えないだろう。
が、幼少から錬金術の師匠の元で、古武道を修練して来て日々訓練も怠らない。
元々の素養も有ったのだろうが、若くして闘いに明け暮れた人生を歩むことになった為か、
更に磨きがかかっても居る。
人を見かけで判断するなと言う、良い見本だ。

「なんだよ、これで終わりか? 組み手の訓練にもならないぞ!
 んー、じゃあ複数でやるか」

適当に5人ほど指名し、グループでかかってくるように指示すると、
それはさすがに、と躊躇う様子を見せる。
上官を複数で取り囲むなど、訓練で合っても非常識すぎるように思うのだろう。

「いいから、いいから。 気すんなって!
 これで負けても、俺が未熟だったからで、お前らにお咎めとか行かせないから大丈夫だって」

なっと言うように、ロイの方を見てくるエドワードに、
仕方無さそうに肩を竦めて、頷いてみせる。
ロイにしてみれば、賛同は出来ない事だが、久しぶりのエドワードの戦闘には
興味は湧くのも事実だ。
ロイの了承が有ったのを見て取って、指名された者達が不承不承ながら納得を見せる。

「じゃあ、全員一緒でも、個別でもいいぜ、倒れ伏して、地面に付いたら負けな」

一人では太刀打ち出来そうも無いが、複数ならチャンスは増えるだろう。
そう決断して、囲んだ者達が目配せし合って、頷きあうと、躊躇いを捨てて
拳を繰り出していく。
まずはスピードが一番速かった者が、宙を舞った。
それが、エドワードが放り投げた結果だと気が付いたときには、
横のものが弾き飛ばされた。
闘っている者も、観戦していた者も、余りの速い展開に騒然とする。
打ち出した拳は、エドワードに触れるか触れないかで、その勢いのまま引かれて、
気が付けば宙に投げ出される。
やっと掴んで、足蹴りを出してみれば、その勢いに乗って、エドワードが高く宙に飛んでは、
頭上から蹴りを落とされる。
結局、ものの数分で5人が地面に伏せられると、周囲からの大歓声と、
地面からは苦悶の声が周囲を覆った。

「すっげー! 見たかよ今の!
 速すぎて、最初のほうなんか判んなかったぜ!」
「ああ! 俺も。 気づいたら飛んでいく奴らが見えてよ」
「少佐、まじ凄いぜ! 錬金術だけじゃなかったんだな!」

口々に上げられる感嘆の声に、エドワードは一人涼しげな表情で、
次は誰にする?と、暢気に声をかけている。
数回そんな事を繰り返し、単独でも複数掛りでも、勝敗には変わらないと気づかされると、
またして、志願する者は出てこなくなる。
エドワードも、周囲を見回して、頃合かと切り上げようとして、ふとロイの方を向く。
暫し考える素振りを見せていたかと思うと。

「じゃぁ、最後に御大将にも参加してもらうか!」
とそんな事を言いながら、ロイの方を向いて敬礼をしてみせる。
そんなエドワードの言動に、周囲の者達が大きく動揺を見せる。

「やれやれ・・・、年寄りを労わる気持ちが、エルリック少佐には欠けているようだな」
大儀そうに嘆息を吐き出しながらも、ロイは上着に手をかけて、動き出すと
成り行きを見守っていた者達の、興奮が増してくるのが気配でも伝わってくる。

「なぁにが・・・、どうせ、運動不足だとでも思ってたんだろ」
向かい合う位に近づいて、エドワードがそう言えば、ロイはすかした表情で、
「まあな」と返してきた。
「久しぶりだな、あんたと闘うのって」
「そうだな・・・、錬金術勝負は一度あったが、肉弾戦は初めてじゃないか?」
「ああ。 負けねぇぜ」
「さて、どうかな?」
そう答えたロイの笑いが合図に、休息に二人の間に緊張感が張り詰める。

低めに構えたエドワードに対して、ロイは泰然と立ち尽くしている。
1,2度、誘いをかけるように切り込む様子を見せるが、見切られているのか、
ロイの反応は無い。 誘い程度では相手を動かせないと分かると、
エドワードは瞳を細く眇める。
そして、仕方無さそうに息を吐き出したかと思うと、次の瞬間には
驚くほどのスピードで、拳が繰り出されていく。
体格とリーチの差が有るので、懐に飛び込むように打ち込むと、
次の瞬間には、素早く退いて別方向から拳を繰り出していく。
それに対してロイは、出された拳をぎりぎりで躱しては、出された拳を打ち払う。
打ち払われた勢いを利用して、エドワードが横飛びにロイへと足技を出すが、
間一髪で、避けられてしまう。

「くっそー! なんだよあんた、歳いってから、せこくなったんじゃないのか」
「馬鹿者、最小の労力で最大の効用だ」
「うわぁ~、怠け者くさいセリフ」
「そう言う君は、無駄が多すぎるようだが?」
フフンと鼻で哂って挑発してやると、ムッとした表情でエドワードが顔面へと拳を繰り出してくる。
至近距離からの拳に、ロイよりも周囲の者達が悲鳴を上げる。
が、ロイは拳を素早く掴むと、そのまま後ろに流して、近づいたエドワードの腹へと
膝を打ち込む。

「つっー・・・」
確実に鳩尾に入れられた蹴りに、エドワードの息が止まる。 が、さすがはと思わせられたのは、
完全に入れる前に、反動で後ろに跳び退った彼の反射神経だ。
「よく踏み止れたものだ」
「言って・・・ろぉ」
荒い息を吐き出しながらも、全く隙を見せてこない。

ーーー まるで野獣だな ---

1部の隙も作らず、じっとチャンスを狙って、素早く切り込んでくる。
燃えるように瞳を光らせ、しなやかで強靭な肉体を武器に、
音も立てずに動くその様は、美しい獣、そのものだ。
獣を手に入れるには、屈服させなくてはならない、欲しいのなら・・・。

エドワードを見つめていたロイの瞳が細められる。
『欲しい・・・どんな事をしても、このイキモノが・・・』

ロイの気配が、先ほどとは格段に違っていくのを感じて、
エドワードの意識も研ぎ澄まされていく。
この頃になると、喚声や野次の声も鳴り止み、場内が静まりかえって、
二人の闘いを、息を詰めて食い入るように魅入っている。
鋭い打ち手と、吐き出される息の、二人が生み出す音以外は何もない中、
払われ背後に回りこんだエドワードが、体制を入れ替える間の無かったロイに
後ろから打ち込んでいく。
その腕を、身体を捻って掴み上げると、勢いに乗ってエドワードの身体を放り投げる。
そのまま地面に激突するかと、周囲が息を飲んだが、空中で身体を捻って、
何とか足から着地する。

クソォーと、身体を立て直して、相手を確認しようとするが、
物凄い勢いで後ろに倒され、気づけばロイの拳が目の前で寸止めされていた。

「勝負あったな」
拳を治めて、転がったままのエドワードに手を差し伸べてやると、
周囲からは、今まで以上の歓声が巻き上がる。

「あ~あ・・・、ちくしょ・・・」

ガックリした様子で、ロイの手を掴んで立ちあがるエドワードに、
ロイは労うように、肩を叩いてやる。
大喝采の拍手が練兵場に巻き起こり、皆が自分の指揮官と、仕えている司令官の強さを
改めて認識を深くした。


午前は、負傷者が多数出たため、それで打ち切りとなった。
午後の訓練まで、各々が休息と食事へと出かけていく。

「てててっ」

今回は同様に泥と汗まみれになった為に、左官用のシャワールームへと
二人は足を運んでいた。

「大丈夫か?」

隣のブースからの呻き声に、ロイが声をかけてやる。

「・・・くっそー、今なら絶対に勝てると踏んでたのに・・・」
悔しそうなエドワードのセリフに、シャワーを浴びながら、ロイが苦笑する。
「生憎と、引退するにはまだまだ若くてね。
 当面、ひよこに負けるような事はないさ」

笑いながらそう返してやると、余程悔しかったのか、まだブチブチと不満を零している
エドワードを置いて、ロイはブースから先に出て、衣服を着けていく。
そして、今はまだと考える。
確かに今回は組み伏せられたが、それはどちらかと言うと、エドワードの戦闘の仕方が
直情的だったからだ。
年若いから仕方が無いのだが、どちらかと言うと分かりやすい攻撃しか出してこない。
技やスピードに眩まされてそうになるが、エドワードの繰り出す拳は明確だ。
『相手の動きを止める』ことを目的としているから、
打ち込まれる先も当てが付けやすい。
ーーー殺傷が目的なら、狙いは広範囲になって動きも多様化されるーーー
一撃必殺に拘らなければ、もっと姑息で陰湿な技も使えるようになるからだ。

彼らしい戦いぶりだが、それがロイの不安を誘うことにもなっている。
勿論、そんな戦い方を知って欲しいとは、思っていないのだが・・・。

「はぁー、散々だぜ、今日は」
ロイの物思いを打ち切るように、エドワードがシャワーから上がってきた。
「何を言うか。 自分が招いたくせに」
ロイは出来るだけさりげなく、エドワードを視界に入れないようにする。
そうでないと、いつ理性が焼き切れるか、判ったものじゃない。
腰にタオルを巻いただけと言う、扇情的な姿を眺められないのは、
本当に残念ではあるが。

多大な忍耐力を使って、手早く着替え終わってから、先に出ると声をかけようとした矢先に、
エドワードの呻き声が飛び込んでくる。

「てててっ・・・結構、効いてんな・・・」
そう呟きながら押さえてる先に、思わず視線が行ってしまう。
「・・・酷いな」
ロイが思わず呟いてしまったのも仕方が無い。
エドワードの腹部には、ロイが蹴りを入れたときの跡が、紅く鬱血を見せていたからだ。
「ん・・・まぁ、これ位の打ち身なら、すぐ治まるさ」
そうエドワードが言うのには返事を返さず、ロイは近づいていって、
跡を確認するように覗きこむ。
「痛みは酷いのか?」
ロイが凝視しながら、そう聞いてくるから、エドワードは軽く笑って、頭を振る。
「大丈夫だって。 これ位の打ち身なんか、組み手やってる時なら
 しょっちゅうだしな」
それに自分は軍人なのだ。 多少の怪我如きで、支障が出るような弱い身体ではない。
だから、大丈夫だと再度言おうとして、思わず息が詰まる。
「あっ・・っ」
ロイが跡を撫ぜるように触れてきたせいで、思わず妙な声を上げてしまった。
慌てて口元を押さえるが、ロイが怪訝そうに顔を上げて、エドワードを見つめてくる。

気づけばエドワードの前に膝まづく格好で、エドワードの腹の跡を検分しているロイがいた。
「じゅ、准将・・・、大丈夫だって。 対した事無いから」
妙に気恥ずかしい二人の格好に、エドワードが慌てて視線を避けるようにして言葉を紡ぐ。、
ロイを払いのけるように肩を押すが、自分を見つめてくるロイはビクともせず、
視線だけエドワードの腹へと戻して、そのまま動かなくなる。
「済まなかった・・・痛かっただろう・・・」
そう謝罪の言葉を告げながら、そっと紅くなっている跡に、指を這わす。
「・・・・・!」
ロイの頭上で、エドワードが息を飲んだ気配が伝わってくる。

ーーー 身体に残る記憶 ---
風呂上りの湿った肌に触れると、記憶が鮮明に浮かんでくる。
この肌に触れずにいて、どれ位たったのか・・・。
毎夜の如く夢では触れてはいても、実際触れられたのは僅かな回数だ。
それでも、自分はきちんと全てを覚えている。
エドワードが咽び泣く程喜ぶとこや、髪を振り乱して乱れる箇所、
高らかな喜びを響かせる方法も・・・。

自分は全て覚えている・・・・彼は?

ロイは触れていた指の後を追うようにして、気づけば口付けを落としていた。

「!! 准将ー!」

エドワードの驚きと、悲鳴のような声が投げかけられて、漸く今がどこで、
自分は何をしそうになったのかに気が付いた。

ロイはグッと拳を握り締めると、振り切るように立ちあがる。
そして、驚いた表情で自分を見つめているエドワードに。

「嘗めとけば、治りも早いのだろ?」
そう茶化すように言って、人の悪い笑みを向けてやる。

「そ、それは、怪我の場合だろ!」
真っ赤な顔で、抗議してくるエドワードに、「そうだったか?」と
嘯いて、笑いながら部屋を出て行く。

「馬っ鹿野郎! 子ども扱いすんなー!」
扉の向うから投げつけられた言葉にも、大きめの笑いを返しながら
早くその場を離れる為に、足を進める。
そうでもしないと・・・、戻って抱きそうになる自分がいた・・・。



「ビ・・ビックリした・・・」
エドワードはロッカーに背を預けて、グズグズと座り込んでしまう。
ロイの行動が、エドワードに傷を負わした気遣いからだとは分かっているのに、
過剰に反応している体がある。

ロイに触れられたとき、まるで電気が通ったように、背筋を這い上がる感覚が走って、
思わず息が止まってしまった。
そして・・・、唇が触れた箇所が、焔に触れたように熱くて、
じくじくと熱を持って疼いている。

「なんなんだよ・・・一体」

持て余しそうな感覚が静まるまで、エドワードは動くことも出来ずにいた。











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